桶田知道 インタビュー #1
右から桶田知道(songwriting,arrange,treatment,and other)、いえもとめぐみ(vo)、
桶田知道 Official Web Site(https://oketat.wixsite.com/t-oketa)
ウワノソラの桶田知道が本格的にアルバムを制作している……その話を聞いたのは昨年の秋頃だっただろうか。いや、それより前かもしれない。そもそも、この話自体は随分前に出ていた話なのだ。ウワノソラが1stアルバム『ウワノソラ』を2014年にリリースし、流れるように翌年、角谷博栄といえもとめぐみによる“ウワノソラのスピンオフ”としてのウワノソラ’67が2015年に『Portrait in Rock ’n’ Roll』をリリースした。本来であれば今作も、この“ウワノソラのスピンオフ”としての流れの上の作品であるはずで、桶田といえもとによるタッグで『Portrait in Rock ’n’ Roll』と同時期のリリースが予定されていたのである。
それがいざ出てみれば、名義は『桶田知道』というソロの様相を呈しており、タイトルは『丁酉目録』、その歌詞やサウンドは『ウワノソラ』『Portrait in Rock ’n’ Roll』に通奏低音として流れていた“古き良きシティ・ポップ”(少々乱暴な言い方ではあるが)とは趣の異なるものに仕上がっている。桶田知道その人の作品のイメージは、『ウワノソラ』収録の『摩天楼』であり、アルバム未収録の『Umbrella Walking』で表現されるような、生音の生演奏による透き通った美しい世界観に担保されたものだった。『丁酉目録』を一聴されると、すぐにそのイメージは頭から抜け落ちることだろう。生音はほとんどなく、大半が打ち込みによるサウンド・メイクとなっているのだ。
しかしながら、である。そもそもこのウワノソラのスピンオフ・シリーズは、角谷博栄と桶田知道という二人のソングライターが、それぞれに思うものをそれぞれが納得する形でリリースするためのシステムであった。それが角谷の場合は大滝詠一に捧げる『Portrait in Rock ’n’ Roll』となり、桶田の場合はウワノソラの本流からは離れた『丁酉目録』として結晶化を遂げた、というわけだ。つまり、本来桶田の持っていた世界観は『摩天楼』『Umbrella Walking』のイメージではなく、今作で表現されるようなどこかギスギスした気まずさのようなものと、それを表現する打ち込み・宅録というスタイルだったのだ、と言えるだろう。
ウワノソラにとっての初めてのインタビュアーという名誉に預かった2014年から3年。この期間に私は彼らとインタビュアー・インタビュイーという関係を超え、友人のように接してきた。年末には忘年会、春には公園でサンマを焼いて宴会、キリンジのライブに共に足を運ぶ……。彼らが『Portrait in Rock ’n’ Roll』リリースのライブを行なった際にはローディーとして参加もした。その中で私は彼らにとっての音楽について、恋愛について、様々な喜びや悲しみ、葛藤などもある程度共有してきたように思う。
だからこそ、桶田が様々な問題を乗り越え、今作にたどり着いたことに他人と思えないほどの喜びを感じるとともに、このインタビューの終了後、今作は桶田が初めて自分の思うものを形にした一枚になったのではないかという、確信に似た気持ちを抱いている。
桶田知道『丁酉目録』ジャケット
僕も乗せられた感じですよね(桶田)
──僕はリリースまであと2年くらいかかるものだとばかり思っていました。
一同:笑
──だって定期的に進捗状況とかを聞いてはいたけど、作れる雰囲気が一切感じられなかったんですもん。アルバム全体のデモをいただく前に、先行して4曲だけ聴かせてくれたじゃないですか。作っているという話を聞いてからこの4曲に行き着くまでに1年くらいかかっていたから、もう半分作るにはまた1年くらいかかるのかなと。
桶田:別に4曲を1年かけて作っていたわけではなく、1年の中で作れたのが4曲ということですよ。
──ある程度聴かせられるレベルに、ということですよね。
桶田:そうですね。曲自体は1曲あたり1日2日で作れたりするんですけど、そればかり1年間ずっとやっていたわけではなかったので、結果としてこの時期のリリースになりました。
──角谷くんから頻繁に、現状とか制作の進捗状況とかの電話がかかってくるんです。半年くらい前までは「何もかも全然進んでないよ」って言っていたのが、先の4曲を今年の頭に聴かせてもらったくらいから一気にダダっと出たじゃないですか。
桶田:そうですね。
──それはその頃に仕上げモードに入っていたということですか? ……いや、僕はまず最初に、前回からこれに至るまでの過程を聞きたいんです。
桶田:前回……。
──なにか対外的な活動といえばライブ(2015年6月27日に神戸ブルーポートで行われたミンディ・グレッドヒルのツアーに参加)ですね。
桶田:そうですね。笑
──そこから考えたら、これに至るまでに結構な期間が空いているんですよ。
桶田:角谷さんは例えばNegiccoへの曲提供(『土曜の夜は』)をしたりとか、SBS(静岡放送。そのラジオ番組)のジングルを作ったりとか、色々やっていますよね。僕はそれぞれの現場に顔は出しましたけど、ただ顔を出しただけで何かやったということはないですし。ライブもそんなに僕は何もしていないですしね。
──そんなことはないと思いますが。
桶田:でも、いよいよそろそろ出すタイミングになっているのかなと言うふうに意識し始めてからは速かったんです。『歳晩』がめちゃくちゃ前に出来上がっていて、そのタイミングで『歳晩』みたいな、ああいう打ち込みがいいかな、と思ってからは作業が進んだんです。
──『歳晩』の路線で行こうと考えたのがいつくらいですか?
桶田:『Philia』とか『陸の孤島』が出来たのが去年の6月くらいなので、だいたいそのあたりですね。
──それまでに、どういう路線で行こうというのを考える期間は結構長かったですか。
桶田:長かったですし、その間にも何曲か作ったんですけど全然良くなかったんです。事の始まりとして最初に目指していたのは60’s的なアプローチのものだったんですけど、あまり上手くいかなかったんですね。
いえもと:何曲か録ったよね。
桶田:録りましたね。春くらいに。
──春くらいというのは、去年のですか?
桶田:いや、もっと前ですね。
── 一昨年の春?
いえもと:ライブより前?
桶田:2014年かな? ウワノソラ’67(以下’67)のアルバム(『Portrait in Rock ’n’ Roll』)出てましたっけ? 出てないですよね。
いえもと:出てるか出てないかくらいやと思う。歌詞もノートに書いてないな。
桶田:いえもとさんがノートに書いてないほど微妙な曲やったということです。
一同:笑
──でも、録音はしたと。
桶田:軽く、仮歌程度ですよ。自然消滅です。要は今回の僕のアルバムは、’67と同じようなウワノソラのスピンオフ的な位置付けになるんです。’67が角谷バージョンだとしたら、今回のは僕バージョン。だから、もともとは’67と同時のリリースを目指して同時に制作をスタートしているんですよ。でも、ここまでズレるような感じではなかったんです。
──アルバム名の『丁酉目録』はどのように決まったんですか。
桶田:角谷さんにも結構相談したんですけど、「“桶田開眼”とかでいいんじゃない」って言うんですよ。僕もまあそんな感じかなって思うんですけど。ちょっとおしゃれな感じになってしまうのもアレやし、かと言って自分の名前も嫌やし、というところですね。
──でも、今回のアルバムは名義としては桶田知道になっていますよね。もともとはウワノソラのスピンオフという形だったはずが、結局名義だけを見ると桶田ソロという感じになっています。何か理由はあるんですか?
桶田:僕も乗せられた感じですよね。
──乗せられた感じ?
桶田:もともとはウワノソラのスピンオフという形が伝わるように、僕といえもとさんで別の新しい名義でやるつもりだったんですよ。でも、グループ名がいっぱい出来すぎると紛らわしいし、僕はウワノソラで三番手だから、そもそも知名度がなさすぎると思ったんです。
──それ、自分で言うんですね。
桶田:はい。というのもあるし、どう考えても僕が一人でやっているという色が強くなってしまうから、それなら分かりやすく本名で行こうと。恥ずかしいです。
──恥ずかしい?
桶田:恥ずかしいです。
今作はこれまで日常的に触れてきた打ち込み音楽の集大成(桶田)
──曲の作り方についてなんですが、以前のインタビューで桶田くんはデモの段階からかなり完成に近い形まで作り上げるっておっしゃっていたんですが、それは今回もそうでしたか。
桶田:そうですね。デモの段階でほぼ完成そのままです。『陸の孤島』とか『Philia』は、ドラムのパターンはデモから全く変わっていなくて、音色が変わってるくらいです。そこから足して足して、という感じですね。他の曲でも、言ってしまえばデモで打ち込んだやつの音色を変えてそのまま使ったりしています。半ば衝動で打ち込んだものが結局1番良かったりするというのは、結構よくあることなんですよね。
──おっしゃるように、今回はミュージシャンを呼んで生音・生演奏で録音するというスタイルではなく、ご自身での打ち込みがによるサウンド・メイクがメインになっていますが、これには何か理由はありますか。
桶田:今回は100%自分一人ですけど、出来る範囲で自分でやったほうが楽しいかなって思うんです。それに、実際の生音で録ったりするよりも、全部自分でやったほうが整いやすいんですよね。うーん……言ってしまえば単純に僕の行動力がなかったり、ディレクションができないっていうのもあるんですけど。
──自分の思う通りにするためには、自分で全部やったほうがいい、という感じなんですね。
桶田:多分そうなんだと思います。何月何日何曜日、何時にどこでっていうのがなくて、夜中だったり休みの日にできたりして、結構自由なのでやりやすいんです。……たぶん、僕は打ち込みが好きなんですよ。例えば生のストリングスのいいところというのはあるけど、シンセのサンプリングしたストリングスの音にも生に勝るとも劣らないというか、絶対に生では出せないニュアンスがあるんですよね。生のストリングスを入れる環境があったとしても、あえてシンセのストリングスを入れるというのは、手法として全然アリだと思っています。そういう打ち込みならではの面白みっていうのがあって、高校生くらいの頃から地元の友達数人と遊びで作ったりしていたんですよね。
──では、『丁酉目録』は桶田くんが以前から日常的に触れてきた打ち込み音楽の集大成という感じなんですね。
桶田:あ、確かに。そうですね。